シン・エヴァンゲリオンについて考えるだけ無駄!?というか庵野って観てる人バカにしすぎじゃね?


前回シン・エヴァンゲリオンの映画を観た直後の感想をとりあえず殴り書きました。
今回はそれから少し経ってとりあえず考察というほどのものではないですが、シン・エヴァについての自分なりの結論を書きたいと思います。
※ネタバレになりますのでご注意ください。

シン・エヴァンゲリオン感想でざっくりと映画の内容を書き、感想としては意味不明だったというわりと酷評な内容となりました。
しかしエヴァというのは不思議なもので、観終わってから少しすると、意味不明だった、という普通だったらその時点で切り捨ててしまうような感想に達していながらも、あれはなんだったんだろう?どうなったんだろう?という疑問に対してまた調べてみたり、他の人の感想が気になったり、考察を読んでしまい、あれこれ考えながら余韻に浸ってしまいます。

小難しい設定や難解な謎の数々。そしてそれらは、やはりいくら考えたり考察を読んでもよくわからず、正解がなんなのかわかりません。
それらの謎や考察ポイントは新劇場版シリーズで大幅に増えて、その謎が解明するかもしれない、今度こそ意味のわかる結末を迎えるかもしれないという期待と、たくさんの謎というか考えることの楽しさを僕らに与えてくれました。

さて、観終わってみるとTV、旧劇場版と新劇場版を通して大筋のやっていることは一緒だったのかなと思います。
新劇場版ではたくさんの新たな設定や用語が出てきて、ややこしさが増して、エヴァがたくさん出てきて、敵?もたくさん出てきて。ひとことで言うとすべてがインフレしているだけで結論は一緒だったように思います。
なのである意味TV、旧劇場版で終わっていてもよかった、というか結論が出ているようにも思います。

つまりエヴァというのはこういうものなんだという結論がいちばんしっくりきます。
TV、旧劇場版で意味がわからなかったものはやはり新劇場版でも同じように意味がわからないもので、それがエヴァという作品なんだという結論がいちばんしっくりきます。
考えるだけ無駄、考えて見るようなものではない。
そういった意味で僕は府に落ちたように思います。

こうしてエヴァというものを冷静に考えてみると実に世界観もキャラの言動も支離滅裂であり、突然出てくる新しい用語だったり新たな展開を、さも当然であるかのように進んでいく物語。この感覚ってどこかで感じたことのある感覚です。
そう、眠っているときに見る夢でよくある感覚に似てませんか?
夢の中では大真面目にその世界に納得して一生懸命その世界で物語を進めていく。目が覚めれば意味はわからないけど、なんかおもしろかったなーっていうあの感覚です。
新劇場版ではQで大幅に世界観が変わり、エヴァや槍や戦艦が次々に出てきて、敵対する対象も変わってと明らかにそれまでの話と変わっています。エヴァの呪いとやらによって一部歳をとっていない登場人物。突然のほのぼのした生活から怒涛の最終決戦。裏宇宙だのなんだのといままでのエヴァで出てこないワードが突然飛び交い、それらを平然と受け入れて対応するキャラたちや、謎の腕だけエヴァと戦ったりセットみたいなので戦ったり。
つまり実はQからずっとシンジの精神世界を見せられていたんじゃないか?もっと言えばあのラストの実写シーンから考えるに、ぜーんぶあの大人シンジの夢だったんじゃないか説まであると思います。
だって急にあそこだけ実写で現実世界になるの絶対おかしいじゃないですか。

はい。
というわけで僕の結論としては全部夢オチ。
元も子もない結論になってしまいますが自分の中ではそう思うことでしかエヴァについて結論を出せないんですよね。
最後に出てきた大人シンジによる、幼稚だけど壮大な親子喧嘩の夢を14年かけて僕達は見せられていたわけです。

ちなみにラストシーンの場所は『宇部新川』という場所で、
この唐突に出てきた場所は庵野監督の故郷らしいです。
つまり大人シンジのシーンは庵野であり、エヴァは庵野の夢のお話なのか?
もしかしたら故郷で思春期の恋でも思い出しながら見てた夢なんでしょうか?
夢なんで意味わからないしめちゃくちゃで考えるだけ無駄ですよことですね?笑

最後にひとつ言わせてもらいたいんですが、シン・エヴァについていろんな捉え方や、感想、考察を目にして、捉え方は人それぞれなんでそれはそれでいいしおもしろいと思います。庵野自身を重ねてるとかこのシーンにはこんな意味があるとか、すばらしい読解力で作品のメッセージを受け止めています。

しかしですね、そもそも僕は庵野にはこれっぽっちも興味がない
エヴァという物語を観に来ているのに、作り手の思考、思想がゴチャまぜになって果ては登場してしまっているのは作品として、物語としてどうなんだと思います。
伝えたいことは物語を通してうったえかけるものでは?作り手本人の内面を吐露されてもね。。。
っていうか結局何を伝えたいの??
故にシン・エヴァはエヴァという物語を破壊してしまっていて、ただの庵野のモノローグ的なものに成り下がってしまっていると感じるのが、一連の意味不明という結論に至り、考えるだけ無駄だと思ってしまう理由です。

駄文に付き合って頂きありがとうございました笑

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