震災から5年経って思うこと

2011.3.11 東日本大震災。あれから5年ですか。
もう5年経ったんだなぁ
 


僕は宮城県民ですが震災後で宮城から離れていたときや旅行先などでは特に震災のことについてよく聞かれました。 「大丈夫だったの?」 「大変だったでしょ?」 と。

大丈夫だからここにいるんです。

実際僕はたいした被害も受けてないし、なにも失っていません。 だから僕はいつもこう答えます。

「僕のところやまわりは大丈夫だったよ」 「大変なところは本当に大変だったと思うけど」

こう言うと他人事のように感じる人もいるかもしれませんが、 本当に辛く大変な思いをしてる人達はもっと別にいて、それに関する情報はおそらく僕に聞いてくる人と同程度です。実体験ではなくテレビなどで後から知ったものです。それを自分のことのように話すのが僕は嫌です。

確かにそれなりに大変な思いはしました。すごく揺れて、物が落ちて来て、 ライフラインも止まって。食料もなかなか手に入らないから不安だったけど、でも所詮我慢すればなんとかなる程度のものです。僕の震災での体験はそんなもんなんです。

そして、そのとき大丈夫じゃなかった人だって、なにかを失った人だって、それを乗り越えて今を生きているんです。でもその人にとってはつらい思い出を掘り返されてるかもしれないことをわかって話して欲しいです。

だから僕はこの「大丈夫だった?」という質問が不毛に感じてなりません。

もう一つ、 震災の爪跡を見たい。津波にあった場所を見たい。という人がいますが、理解できないんです。 逆に自分はたいした被害を受けてないのに人の見せたいという感情も。

もちろん、その場に関っていた人は見て然るべきだと思います。しかしそこに関わっていなかった人がそれを見てなんの意味があるのか?見るからにはその見た経験から今後同じようなことが起きた時、少しでも、一人でも被害を減らせるようななにかや復興に向けた支援など行動を起こすべきじゃないでしょうか?

今後具体的にほんの少しのことでも関わっていくつもりがあるならいいと思います。 (いや、見ることによって行動を起こそうと考える人もいるだろうから 完全に無意味ではないか。) それがないのであればただの野次馬にすぎません。

被災地ツアーなんてありますが、観光名所のようにその場を訪れることになんの意味があるんでしょうか?人が来ることで活気付く、励ましになるというのはわかります。でもそのために観光するのはなんか違う気がしてなりません。人々は元のように街に人が訪れ、元のように生活したいと思っているんであって、観光名所にしたいと思っているとは思えないんです。

実際に見てなにを感じますか? 大変だったんだなぁ、とか、かわいそうとか?それはいったい誰から誰への想いですか?自分に関係ない人への追悼も想いもあったもんじゃありません。ただの好奇心や自己満足でその場所を訪れるのは、そこで頑張っている人やその場所には居れなくなって他の場所で頑張っている人達にあまりにも失礼なんじゃないか? と思うんです。

それでも見たものを人に伝えていくべきとか後世に伝えるべきなんて意見もあると思いますが、その役割は各メディアなどで十分担っていると思います。 状況を伝えることで、今後の防災への意識や、復興への支援などの必要性をしっかり伝えてくれています。

戦争の爪痕ならば戦争を起こさないという思想を伝えていく意味があります。でも自然災害は避けようがないのだから、関わりのない個人が伝えること自体に意味はないと思います。それがその人の話のネタになるだけでしょう。ただ伝えるのではなく教訓を生かさなければ意味がありません。

僕自身、震災の時近くにいながらなんの力にもなれなかったし、これからもその場所に関わっていけることはないと思っているから、まだ震災の爪跡を実際に見に行ったことがありません。 なので多くのことを語ることもできないのです。

できることなら関わって、助けになれればいいけど、今の僕には、そんな余裕もスキルもありませんからね。いつか本当に人のためになにか行動ができるようになったら見にいきたいと思います。

5年経った今、国の支援なども変わっていくようです。しかし、近くで感じる震災への復興はまだまだなように感じます。住む場所すらないという状況は改善されていると思いますが、元の生活に戻っている人は少ないです。そもそも街に人が戻らなくて苦しんでいます。 元に戻すというより、大きな被害を受けた人々が傷を癒し、今を元気に過ごせるための支援が今後も必要なのではないかと思います。

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